みなさまご周知のとおり結城紬は、茨城・栃木両県にまたがる鬼怒川沿い一帯で古くから生産されている伝統ある絹織物です。
古より鬼怒川の土手にたたずむと一面に桑畑が広がっていたといわれ、「筑波ねの新桑まよの衣はあれど君がみけししあやに着ほしも」と万葉集東歌にも詠まれているように日本でも有数の養蚕地帯でありました。
そのため流域には現在でも養蚕や織物にゆかりの地名も多く、「絹川」「衣川」(鬼怒川)、「蚕飼川」(小貝川)、「糸繰川」、などはその名残ともいわれており、また「大桑神社」(結城市小森)、蚕影神社(つくば市神郡)等現在も地元の人々に信仰されております。
その系譜は、常陸風土記に現れる「長幡部絡」(「絡」は“悪し絹"の意で、玉繭や屑繭、汚れ繭等の生糸として売り物にならない繭からとった真綿)にたどれ、軽くて丈夫な織物として愛用されました。やがて「常陸紬」と呼ばれ、中世になって、武士たちに好んで求められ、結城家が幕府や関東管領への献上品としたことから次第に「結城紬」と称されるようになったと伝えられています。
当初は無地織が中心でしたが、江戸時代に縞織が行われるようになり、江戸の町人の間で流行し高級織物として名声を博したと言われています。同時代に著された「和漢三才図絵」には、「縞紬、結城に出づるを上と為し信州これに次ぐ」と紹介されています。「結城紬」の特色は、決して絢澗豪華で、はないが、結城地方の風土の中で厳しい歴史と試練に耐えてきたもののみがもっ調和のとれた渋味が特徴で、“一着で末代まで着られる"といわれています。
さらに、「緋織」、明治になると「縮織」と、現在まで改良を重ねながらも古来の技法を守り、伝統を引き継いできています。1956年(昭和31年)、国の「重要無形文化財」に指定され、そして、本年11月に、ケニアで開催されるユネスコ(国連教育科学文化機関)の会議で世界の「無形文化遺産」に登録されることが内定いたしました。
私たちは、世界の無形文化遺産に登録される前夜に、あらためて結城紬の素晴らしさと伝統的な美しさを見つめてみたいと思い、ここに結城市教育委員会、本場結城紬卸商協同組合、茨城県本場結城紬織物協同組合さまのご協力を賜り「結城紬」展を開催させていただくことにしました。
是非この機会に世界に誇れる「結城紬」をご堪能ください。